第8話 農と業と農業
【第7話 父の夢のハイライト】 父には夢があった。それは集落が農村として維持し、一つの方向に向かって団結していく姿だった。 その試金石としての農園再生をスタートさせたのだった。 農業が忙しくなるといった息子に言った父の一言の真意とは? 父:ハルオ:「農園再生は農業ではないぞ。」 息子:ハルオjr:「は?意味が分からん。農業でしょうよ、どうみても。」 父:「農業はそんなに甘いもんじゃない。」 子:「だから、大変になって忙しくなるって言ったんじゃん。」 父:「いや、そういう意味じゃない。」 子:「じゃ、どういう意味だよ?」 父:「お前、農業と農作業をごっちゃにしていないか?」 子:「農業と農作業?」 父:「そうだ。根本的に違うんだぞ。」 子:「???」 父:「農業、と言う言葉には『農』と『業』という二つの感じが使われているだろう?」 子:「そりゃ、そうだ。」 父:「じゃあ、それぞれの意味が分かるか?」 子:「え?いや…分からん。」 父:「『農』というのはな、土を耕して作物を育てるってことだ。」 子:「まんま農業のことじゃない。」 父:「違う。じゃあ、家庭菜園とかベランダ栽培でも農業と呼べるか?」 子:「…いや、呼べん。」 父:「そうだろう?だから、意味が違うんだ。農作業は農という言葉の意味に近いな。」 子:「なるほど。」 父:「じゃあ、『業』はどうだ?」 子:「ビジネス、って意味か。」 父:「そうだ。『業』はなりわい、だな。それによって収入を得る、生計を立てる、と言う意味になる。」 子:「『農』を『業』にする、のが農業ってことか。」 父:「そうだ。言葉遊びのように聞こえるかもしれんがな、これが本質なんだ。」 子:「本質?」 父:「そうだ。農業をする時に、どこで収入を得る?」 子:「そりゃあ、農作物を売った時だろ。」 父:「そうだな。そして、生計を立てられる収入を得ることが出来るようになった時にはじめて農が農業になる。」 子:「そうか!」 父:「逆に言うとだな、収入を得ることが出来なければ、それは農業ではなくて農なんだ。」 子:「回りくどいな。」 父:「大切なところだからな。で、だ。農園再生で収入が得られるか?」 子:「え?」 父:「この耕作放棄地を切り拓いて整地しただけの農園で収入が得られると思うか?木も弱っている。病気にも害虫にもやられている。収入が得られ始めるのに、少なく見積もっても5年以上かかるだろう。いや、5年じゃ無理かもしれんな。元を取るのは何年先になるか…もしかしたら、取れんかもしれんな。」 子:「10年後くらいにはなんとかならんの?」 父:「契約上、10年したら所有者に戻すことになっているから、どうだろうな。」 子:「じゃあ、赤字じゃないか!?」 父:「それは、始めから分かっていたことなんだよ、実は。耕作放棄地じゃない普通の農園で農業をしている農家でさえ経営状態がいいわけではないんだから。それぐらい農家経営というのは厳しいものなんだ。ただ、そこを何とかして農業として成り立たせたいと思っている。耕作放棄地から10年以内でやろうとしてるんだから、無謀な挑戦かもしれんがな。」 子:「…。」 父:「どうした。」 子:「…何かが足りないな…。なんだろう…。」 父:「どういう意味だ?」 子:「それでも、農園再生はやろうって考えているんだな。」 父:「ああ。これにはそれだけの意義もある、と思っているからな。さっきも言ったが、最終的に農業として成り立たせることが目標であり、前提だ。じゃないと意味がない。」 子:「…うーん。やっぱり、うまく言えん。けど何か足りないような気がするんだよなー。」 父:「まあ、いい。園は整備できたから、弱っている木のケアに取り掛かるぞ。」 農園再生の厳しさを確認した父子。 農園再生は、農業の経営に対する挑戦でもあった。 心の奥底に何かひっかかるモノを感じている息子:ハルオjr。 そんな胸中とは関係なく、いよいよ弱った木に対してのケアが始まるのだった。 次回"第9話 人間だって同じ"に続く。 登場人物 ![]() ![]() バックナンバー 第1話 息子よ、「耕作放棄地」を知っているか? 第2話 息子よ、これが「耕作放棄地」の問題だ! 第3話 父の決断 第4話 父子で道を切り拓け! 第5話 光をさえぎるもの 第6話 地をはうもの 第7話 父の夢 スポンサーサイト
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第7話 父の夢
【第6話 地をはうもの のハイライト】 伸び放題、枯れ放題の雑草を伯父の力も借りて整備した父子。 見た目は農園らしくなったものの、まだスタートラインに立っただけだった。 そして、それは父の夢のスタートラインであるという。 父の語る夢とは? 父:ハルオ:「父さんにはな、区長時代からの夢があるんだ。」 解説:父:ハルオが原集落の区長に就任したのが、2005年。2005年度~2008年度の四年間区長の職に就いていました。 息子:ハルオjr「どんな夢?」 父:「この原(はるお)集落には色んな観光資源があるだろ?」 解説:「はるお」は原の方言の読み方です。意味は「原っぱ」。口語であり、住所などの公称は「はら」となっています。「はろお」とか「はろう」とも聞き取れますが、表記する場合は「はるお」が定着しています。父子の名前もこの方言から取っています。詳しくは登場人物の紹介をそれぞれ参照してください。 子:「ああ、たしかに。千尋(せんぴろ)の滝とか、 ![]() モッチョム岳とか、 ![]() やまんこ湧水とか、 ![]() まあ、いろいろあるね。」 父:「それから、民宿もあるし、レストランもあるし、山岳ガイドや海のガイドも住んでいる。」 子:「うん。」 父:「それで、屋久島を代表する農村でもある。」 子:「だから?」 父:「だからな、農業体験とか観光農園をやって、それと原(はるお)の観光を組み合わせる。」 子:「ほう。」 父:「文化とか慣習も含めて、集落をまるごと楽しんでもらうっていうのをやりたかったんだ。」 ![]() 子:「面白いけど、四年間の区長じゃ厳しいね。」 父:「まあ、原(はるお)は連続の任期が最長4年までって決まっているからな。でも、これは区長だけじゃどうにもならんことだしな。」 子:「集落中の事業者の協力がないとね。それを取りつけるのが一番難しそう。」 父:「そうなんだ。だけど、この農園再生と農業体験を組み合わせられれば、とりあえず最初の形が見える。人間、出来るか出来ないか分からないものに簡単にのっては来ないだろう。だから出来る、出来そうってところを最初に見せることが第一歩だと考えていたんだ。」 子:「ふんふん。」 父:「そして、もう一つ新しい夢が出来た。農園再生という新しい取り組みを始めただろう?これは、多分意味のあることだと思っている。将来も原(はるお)集落が農村であるために。」 子:「あのさ、集落は農村集落じゃないといかんのかな?」 父:「今の集落の行事とか慣習とか、いわゆる文化として受け継いでいるものは、農村集落だからこそ出来たものなんだと思う。農村集落だから受け継いでこれたと思う。集落の人と人との付き合い方とかも含めてな。」 子:「葬式があった時に集落の人がみんなで見送りするみたいな?」 解説:原集落では集落全体で一つの家族のような伝統が残っています。それは普段生活している時には全く意識していませんし、近い血縁以外を家族だと思ってもいません。しかし、例に出したように葬儀の際、出棺した霊柩車が集落の中を通る時には集落の人々が道端に出て見送ります。これは集落をひとつの「繋がり」だという意識がなせる伝統だと思います。心温まる光景だと思いました。他にもその「繋がり」を思わせる慣習や伝統は生活の中に度々出てきます。 父:「そうだ。そういう所が一番残していかなければいけないと父さんは思っている。そのためにも農村であり続けることが必要だと思うんだ。」 子:「確かに、そういうの無くなったら原(はるお)らしさみたいな所はないかもなぁ。」 父:「だから、この農園再生の輪を広げていきたい。これが新しい夢だな。」 子:「どうやって農園再生を広げるつもりなの?」 父:「そういう事をやってる奴がいる、って知ってもらえるようになれば、何のためにやってるかって分かってもらえる日が来る。そうすれば、その活動に共感してくれる人が出てくると父さんは信じてる。」 子:「…。」 父:「どうした?」 子:「うーん。よく分からんが、ちょっと引っかかるというか…。」 父:「どこがだ?」 子:「うまく言えん。…ま、いっか。」 父:「とにかく、そういうわけだから、農園再生をやっていくぞ。」 子:「ああ、農業が忙しくなっていくなぁ…。」 父:「あのな、農園再生は農業じゃないぞ。」 父には何年も温めていた夢があった。それは集落が農村として維持し、 集落の人たちが手を取り合ってひとつの事業を推し進めていくということだった。 そのための試金石として農園再生を行っていきたいのだという。 会社経営、これまでの農業と並行して行う農園再生。 農業部門が忙しくなるとつぶやく息子に父が言った 「農園再生は農業ではない」という言葉。その真意とは? 次回、"第8話 農と業と農業"に続く。 登場人物 ![]() ![]() バックナンバー 第1話 息子よ、「耕作放棄地」を知っているか? 第2話 息子よ、これが「耕作放棄地」の問題だ! 第3話 父の決断 第4話 父子で道を切り拓け! 第5話 光をさえぎるもの 第6話 地をはうもの |
第6話 地をはうもの
【第5話 光をさえぎるもの のハイライト】 防風林の処理を専門家に頼み、剪定してもらった父子。 その後処理を終え、つぎなる整備作業のステップに進む。 父:ハルオ「よし。防風林を切った後の処理はこれで終わりだな。」 息子:ハルオjr「まあ、上は終わったけど、足元はまだこんな状態だけどな…。」 ![]() 父:「そうだな。次はこの草をなんとかしないとな。」 子:「たしかに、なんとかしないと作業ができないからなー。」 父:「とりあえず、道具の用意と着替えをしてこよう。」 解説:草払いは機械を用いて行います。 ![]() これは「ハンマーカッター」という自走式の草刈り機です。しかし、なぜか「モア」と呼ばれています。どこかの商品名だと思われます。 ![]() ![]() また、このような背負い式の草刈り機を使用します。屋久島の農家で「草刈り機」といえば、コチラを指します。 土や刈った草が飛び散るので完全防備が必要で、夏でも冬でもこの格好で作業します。夏場はとても暑いです。 他にも草刈り用の機械はありますが、我が家で所有しているのはこの2つです。 屋久島は草が伸びるスピードが早いので夏場は月に1回は草払いをしています。 父:「準備できたな。始めるか。」 十数分後。 父:「…。ダメだな。『ハンマーカッター』だと枯草を巻き込んで動かなくなる。」 子:「ええ!?じゃあ草刈り機だけでやんの?2人じゃキツイし、時間がかかるよ!?」 父:「草刈り機だけでやるけど、助っ人を呼ぶか。」 子:「誰だよ?」 父:「伯父さんだ。」 解説:ここでいう「伯父さん」とは父:ハルオの妹の夫です。ちなみに父より年上で現在はリタイヤ組。元機械関係の技術職。我が家の農業機械のメンテナンスもしてくれています。山歩きの達人で山菜取りの名人です。 ~数十分後~ 伯父:「おーい。急に呼ばれたからビックリしたぞー。うわっ!これはすごい事になってるなー。」 子:「まあ、そういうことでヨロシク。」 伯父:「よし!まかせとけ!!」 子:「うわっ!枯草ってえらい巻き付くな!!こりゃ大変だ…。」 解説:草刈り機は金属刃のものと、ナイロンのヒモの2タイプがあります。用途によって取り替えながら使いますが、どちらも高速回転させることで草を切っていきます。 ![]() 草が伸びすぎて長かったり、枯れていたりすると回転に巻き込まれやすくなり、一旦機械を止めて巻き付いた草を取り除きながら作業を行わなければなりません。 今回の作業では、伸びているうえに枯れていたので巻き付く頻度が3倍以上で時間がかかりました。 ~3日後~ 父:「…ようやく終わったな。」 子:「まさか草払いだけで、しかも3人がかりなのに3日もかかるとは思わなかったよ。」 ![]() 父:「しかし、これでなんとか農園らしくなったじゃないか。」 子:「たしかに。見違えたわー。」 父:「これでようやく農園の再生にとりかかれるな。」 子:「…まだスタート地点についただけだった…。充実感で忘れてたよ。」 父:「夢のスタート地点についたわけだからな。」 子:「夢?」 父:「そうだ。父さんにはな、区長時代からの夢があるんだ。」 農園の整備を一段落させた父子。 それはまだスタート地点に到達したにすぎなかった。 しかし、この「農園再生」は父の夢のスタート地点だという。 父の語る夢とは? 次回"第7話 父の夢"に続く。 登場人物 ![]() ![]() バックナンバー 第1話 息子よ、「耕作放棄地」を知っているか? 第2話 息子よ、これが「耕作放棄地」の問題だ! 第3話 父の決断 第4話 父子で道を切り拓け! 第5話 光をさえぎるもの |
第5話 光をさえぎるもの
【第4話 父子で道を切り拓け! のハイライト】 ついに「農園再生」に踏み出した父子。 そこで待ち受けるのは、『やぶ化』した農園の通路を作る作業だった。 なんとか通路を作った父子は次の作業に取り掛かる。 息子:ハルオjr:「しかし、なんか暗いような感じがするな。」 父:ハルオ:「しかも、風通しが悪いしな。防風林のせいなんだけどな。」 子:「防風林っていうくらいだから、風が通らない方がよさそうな感じもするけどね。」 父:「たしかに、台風なんかの強い風は防がないといけないが、普段も風通しが悪いと病気になりやすい。しかも蚊もやたらと出るからな。」 子:「父子ともに蚊に刺されやすい体質だしなー。」 解説:防風林が生い茂りすぎると、風通しが悪くなります。風通しがわるくなるとカイガラムシの発生によるスス病などでたんかんの見た目や味に影響があります。そのため農家は防風林の脇枝を切って風通しを良くします。これも大切な農作業の1つなのです。 子:「しかしまあ、よく伸びたなー。防風林。これじゃあ日は射さんわ。」 ![]() 解説:たんかんも植物ですから日光は重要です。成長にかかせない光合成はもちろんですが、たんかんの色つきや味にも大きく影響します。防風林はその役割から成長の早い樹木を使いますが、通常、農家は日光を遮る高さになる前にある程度の高さで切ってしまいます。これも大切な農作業の1つです。 父:「だから、防風林を切ってしまわないといかん。」 子:「え!?こんな何メートルもある木を?太さだってすごいぞ。」 父:「素人にこんな木が切れるわけないだろうが。専門家に頼むに決まっている。」 子:「だよね。って誰に?」 父:「林業をやってた人とかに頼めば切ってくれる。そういう人は原(はるお)集落にもいるしな。」 子:「ほほー。親切だね。」 父:「お前はお人よしか!もちろん料金は払うに決まってるだろ。」 子:「だよね。」 父:「もう頼んであるから、何日かしたらこの辺の防風林もキレイになるだろう。」 ~数日後~ ![]() 子:「おおう…。また道がふさがってる…。」 父:「さすが専門家だな。高いところもキレイに切ってあるし。」 子:「しかも、前の数倍あるし…。またこれを運ばないといけないのかー。」 父:「よし!やるか!!これが終わらんと次の作業に取り掛かれないからな。」 それから数日かけて枝を運び、片付けた父子。 しかし、園の整備はまだまだ終わらない。 果たして次に待ち受ける作業とは? 次回"第6話 地をはうもの "に続く。 登場人物 ![]() ![]() バックナンバー 第1話 息子よ、「耕作放棄地」を知っているか? 第2話 息子よ、これが「耕作放棄地」の問題だ! 第3話 父の決断 第4話 父子で道を切り拓け! |
第4話 父子で道を切り拓け!
【第3話 父の決断のハイライト】 父は「耕作放棄地」を再生する、と決断した。 それは、再生のために有限会社原の里の代表をも退くという、不退転の覚悟だった。 そして決断から間もないある日の朝。農園再生の作業がスタートする。 父:ハルオ:「さあ、ついたぞ。ここを再生させるんだ。」 息子:ハルオjr:「どこにあるんだよ?農園は。」 父:「目の前にあるじゃないか。」 ![]() 子:「いや、これは農園とは呼ばないだろ。」 父:「ものわかりの悪いヤツだな。この前も見ただろうが。ここも3年前までは立派な農園だったんだぞ。」 子:「・・・。」 父:「正確にいうと、ここは農園への入り口だけどな。」 子:「うーん。じゃあもしかして…。」 父:「まずは入り口から道の整理だな。」 子:「あー、やっぱり。」 解説:農作業を行うためには、ある程度の広いスペースが必要になります。 現在の農作業は農業用の機械を使用することが普通です。エンジン付きでキャタピラやタイヤで自走するタイプのものも多く、そのための移動スペースも確保しなければなりません。 だから、父子はまず作業用のスペース、移動用のスペースの確保という作業を行わなければなりません。 父:「とりあえず父さんは伸びきった防風林を切って行くから、お前は切ったのを運んでくれ。」 子:「了解。」 解説:屋久島の農地は木に囲まれています。 それは、「防風林」と呼ばれる木の囲いです。屋久島は台風の通り道なので、強風による農作物への被害を抑えるために農作物(果樹)よりも背の高い木で農園を囲い、作物を守っているのです。 「防風」の効果を早く効かせるために成長の早い樹木を植えるのが一般的です。 通常、毎年枝を落として整備を行うのですが、「耕作放棄地」は管理されていない農園のため、成長の早い樹木という特性が裏目に出て、『やぶ化』を早める要因になってしまいます。 ![]() 子:「切った枝がかえって道を無くしてるな…。皮肉…。」 父:「何、片付けば道はできる。しかし、あんまり張り切って仕事すると続かんからな。ボチボチやれよ。」 ![]() 子:「ふー。これで大体4分の一ってところか。」 解説:枝といっても、大きな木の枝ですから大きいものは太さが人間の足くらいはあります。 生木なので水分を含んでいて、重量もなかなかのものになります。 切るといっても、高さや形、生え方がまちまちでそうそうスムーズにはいきませんでした。 また、切った枝を1日中運ぶというのもかなりの重労働でした。 そのため、作業に時間がかかり、通り道を作るだけでも丸2日かかっています。 ~翌日の夕方~ ![]() 父:「ようやく道が出来たな。お疲れさん。」 子:「…しばらくは丸太みたいな枝を運ぶ仕事はいいや…。」 父:「何を言ってるんだ。まだ道が出来たばかりじゃないか。」 子:「え?」 父:「これからが本番だぞ。防風林を処理して日当たりをよくしなきゃいけなんだからな。」 子:「おおう…。」 この程度の作業はまだまだ序章にすぎなかった。 通路の防風林の邪魔な枝を切り落としただけなのだから。 ここから、父子の本当の戦いが始まる…。 次回"第5話 光をさえぎるもの "に続く。 登場人物 ![]() ![]() バックナンバー 第1話 息子よ、「耕作放棄地」を知っているか? 第2話 息子よ、これが「耕作放棄地」の問題だ! 第3話 父の決断 |
第3話 父の決断
【第2話 息子よ、これが「耕作放棄地」の問題だ!のハイライト】 世界遺産の島「屋久島」における「耕作放棄地」の問題点に直面した父子。 父は「耕作放棄地」をどうにかしたいと考えていた。 果たして父のくだす決断とは? 父:ハルオ:「実は前々からな、本当にどうにもできないだろうか?って考えているんだ。」 息子:ハルオjr:「どうにか…って問題が大きすぎるんじゃない?」 父:「確かに全体を見れば屋久島にとって、というよりも農業にとっての大問題だ。けどな、ウチみたいな小さな農家にだって出来ることがあるんじゃないかって思っているんだ。」 子:「いや、でもどうするつもりなの?」 父:「父さんはJAで働いていただろ?その時たくさんの農家にすごくお世話になった。だから、JAをやめた時からJAとは違う形で農家に、農業に恩返しができないだろうか?ってずっと思っていた。」 子:「うん。」 父:「うん。でな、原(はるお)集落の区長になった時に出来ることはしたつもりだった。でもそれは集落という組織があったから出来たことでもあるんだよ。」 解説:屋久島の自治システムは非常に特殊です。自治体である「屋久島町」の中に、各集落がありそれぞれ任意の自治組織を持っています。それは、屋久島の地形や文化によるものですが、それぞれの自治組織である集落は独立した行政単位のように集落民の生活に密接して存在し、活動しています。集落の長が「区長」で集落民の投票によって決まります。区長は集落の組織を運営し、行事を行い、集落運営をスムーズに行う責務があります。 子:「それで?」 父:「(有)原の里も、集落の農家の収入に少しでもなれば、と思って始めたんだ。だから、集落で採れた農産物を販売する会社にしたんだよ。」 子:「それは分かってるけど。で、どうしたいの?」 父:「まあ、聞け。それで、組織とか会社じゃなくて一農家、一集落民として自分がそういう問題に対してなにかできないかって考えていたわけだ。」 子:「うん。」 父:「それでな。実は「耕作放棄地」を持っている農家が、「耕作放棄地」の農園を自分では管理出来ないから誰か管理してくれる人はいないだろうか?って探しているんだ。」 子:「まさか…やるつもりなの?」 父:「そこは、じいさんが亡くなった時から農園が管理できなくなってな。ばあさんも歳で足腰が悪いから管理したくても…ってことなんだ。」 子:「でも、子供もいたよね?」 父:「ああ。でも、別に仕事を持っているからな。実際は難しいだろう。」 子:「それで?やるつもりなのかって聞いてるんだけど?」 父:「やるつもりだ。」 子:「いや、だって会社もあるでしょ?で、ウチの農園だってあるし。」 父:「会社の方は引退する。お前が社長になってくれ。」 子:「は?」 父:「実は会社の出資者にも話をして了解をとってある。みなさん非常に快く返事をくれていたぞ。よかったな、評価されているみたいじゃないか。あとは正式に総会を開いて承認を得るだけだ。」 子:「ちょ…ちょっと!急すぎるだろ?帰って来て1年も経っていないんだぞ。」 解説:ハルオjrが故郷屋久島に帰って来たのは2010年10月。今の話は2011年の3月の事です。実際に(有)原の里の代表に就任したのはちょうど1年の2011年10月のことでした。 父:「まあ、手続き云々あるから実際に代表が変わるのはお前が帰って来てからちょうど1年目くらいの日になるだろう。その方がキリもいい。」 子:「…。」 父:「父さんは、農業と農園再生に専念する。」 子:「いや、しかし…。今だって農業2人でしながら会社もやってるんだよ?面積が増えて一人でできるわけないじゃないか!!」 父:「誰が一人でやると言った?農業も農園再生も父子でやるに決まっているだろう。」 子:「へ?」 父:「ただ仕事のウェイトが変わる、って話だ。会社の方もお前が一人前になるまでアドバイスはする。」 子「…。今まで以上に忙しくなるのかー。」 父:「帰って来た時から、いずれは社長の交代はあるって分かっていただろう?それが少し早まっただけじゃないか。」 子:「いや、まあ、そうだけどさ…。」 父:「よし!決まりだな。父さんが農業部門の責任者。お前が会社の責任者だ。まあ、ガンバレ。」 子:「ガンバレ。ってなあ…。」 父:「決まれば、善は急げだな。すぐにでも作業に取り掛かるぞ。」 こうして決まった「耕作放棄地」の農園再生。 しかし、農園再生にかかる作業は最初から想像を絶するものだった。 次回"第4話 父子で道を切り拓け!"に続く。 登場人物 ![]() ![]() バックナンバー 第1話 息子よ、「耕作放棄地」を知っているか? 第2話 息子よ、これが「耕作放棄地」の問題だ! |
第2話 息子よ、これが「耕作放棄地」の問題だ!
【第1話 息子よ、「耕作放棄地」を知っているか?のハイライト】 世界自然遺産の島「屋久島」の農業にとっても耕作放棄地の増加は大きな問題であった。 その現場を目の当たりにした父子。 その時、父は「耕作放棄地が増えると困ることがある。」という。 息子:ハルオjr:「耕作放棄地が増えるってことは農地が減るってことだから、農業の衰退が起こるってことだよね?これが困るというか、一番大きな問題なんじゃないの?」 父:ハルオ:「たしかに、そうなんだけどな。そういった全体的な社会問題の話じゃないんだ。」 子:「他に何かあんの?」 父:「もっと具体的で、現実的に深刻な問題がある。これを見てみろ。」 ![]() 子:「これは…枯れてるね…。」 父:「これは病気になって枯れてしまった枝だ。たんかんはな、病気に弱いと言われている。他の柑橘と比べても手のかかる果樹なんだよ。それが手入れをされていないとなると、こうなってしまうんだ。」 子:「なるほど…。これは大変だな…。木がかわいそうだ。」 父:「この木が一本枯れるくらいで済めば問題は少ないんだ。本当の問題はこの病気が周囲の果樹園にも伝染するかもしれないってところだ。」 子:「どういうこと?」 父:「この園の木が病気になるだろ?そこで病気の菌なんかが繁殖する。風とか虫とか鳥とかでその病気が周りの農園に広がるかもしれない、ってことだ。」 子:「うわ…それは怖いな…。」 解説:屋久島は気候条件から「ぽんかん」「たんかん」などの果樹のの栽培には非常に向いていますが、反面、高温多湿・雨が多いという面からバクテリアや微生物の繁殖においても好条件になります。 本土では柑橘がかかりにくいといわれている病気でも大量発生してしまうのはそのためです。 ましてや、管理されていない果樹は病気のキャリアになる可能性が非常に高く、周囲の果樹園にもその被害が及ぶケースが増えています。 父:「それからな、コッチを見てみろ。」 ![]() 子:「うわー。これもひどいな…。」 父:「これはな、害虫に食われてしまったあとだ。」 子:「もしかして、これも広がるの?」 父:「そうだ。病気もそうだが、害虫ってのも弱った木に住みつくんだ。これが成長して他の農園に飛んで行ったりしたら、やっぱり被害が広がるかも知れん。」 子:「耕作放棄地が害虫の巣になってしまうんだな。」 解説:屋久島は生命の島といわれるほど、多様な植物があることは「世界自然遺産」登録からもよく知られています。 同じように、多様な生物も生息しています。それは、主に「虫」類です。 特に果樹園が多い屋久島では果樹の害虫も多く生息しています。 上記の「・病気の発生」と同じように、繁殖に適しているのが原因です。 これについても、耕作放棄地は害虫の巣となってしまい、周囲の果樹園などに被害が及ぶケースが増えています。 父:「こういったのは、言えば目に見える深刻な問題ってことだな。」 子:「目に見える…?見えない問題もあるってのか?」 父:「もしかしたら、目に見えない問題の方が深刻化もしれんな。」 子:「それは?」 父:「農家が高齢化しているだろう?それは体力的な負担が年々大きくなるってことだ。」 子:「確かに、周りのベテラン農家さんは『しんどくなった』って言っているな。」 父:「すると、モチベーションが高くないと農業の継続が難しくなるんだよ。」 子:「気持ちで踏ん張っているってことか…。」 父:「そんな時に、『隣の農園が荒れ地になった』とか『知り合いの農園が荒れ果てた』とか暗い情報ばっかりが耳に入ってきたら、やる気も失われていくだろう。」 子:「悪循環じゃないか!!」 父:「やっぱり、農村って言うのは農家と農業が元気じゃないと活力がないんだよ。」 子:「負のスパイラルに入ったら、農村の活力がだんだん失われてさびれていく…って考えると地域の存続って意味でも大きな問題だな。」 解説:耕作放棄地が増えると「隣の園も荒地になった。」「知り合いの園も荒地になった。」とネガティブな情報ばかりが農家の間に流れることになり、農業を継続する意識の低下につながります。 農村地域は農業が盛んであってこそ、活力を生むものです。 その力が無くなると、閑散とした地域になってしまいます。 父:「しかも、だ。屋久島は世界自然遺産に登録されて以来、『自然』を目的に来るお客さんが多い。」 子:「たしかに、登山客やトラッキングの恰好した人よく見るわ。」 父:「そうすると、山に続く道を当然通る。」 子:「あ!屋久島の場合、山あいにある農園も多いからその道に面しているところも多いね!!」 父:「そこが耕作放棄地だったらどうだ?せっかく『自然』を目的で来ているのに、道々で目にするのは『自然林』でも『管理された農園』でもなく、『荒れた農園』だ。」 子:「それは、観光客も屋久島側も不幸だな…。」 解説:屋久島はもともと観光地ではありましたが、「世界自然遺産」登録後その傾向が顕著になり、非常に多くのお客様に来ていただいています。 最近は登山やトラッキングをはじめとする「自然と触れ合う」機会を求めて訪れる方が多いのが特徴です。 屋久島の農地は山あいにあることが多く、観光客が通る道に面しているところも少なくありません。 しかし、その過程で観光客が目にするのは「自然林」でも「管理された農園」でもなく、 「荒廃した農園」になります。 父:「だから、耕作放棄地が増えると困るんだよ。」 子:「それはよく分かったわ…。どうにも出来ない自分の無力さも。…どうした考え込んで?」 父:「いや。実は前々からな、本当にどうにもできないだろうか?って考えているんだ。」 実は父は「耕作放棄地」をどうにかできないか?と考えていた。 しかし、どうにかするにしても現在の農業と並行して作業を進めなければならない。 果たして、父の下す決断とは?そして息子の反応とは? 次回、第3話 "父の決断"に続く。 登場人物 ![]() ![]() バックナンバー 第1話 息子よ、「耕作放棄地」を知っているか? |
第1話 息子よ、「耕作放棄地」を知っているか?
世界自然遺産の島、屋久島のはるお集落。そこは屋久島でも有数の農作地帯。 2011年3月のある日。 農作業の休憩中に突然、話は始まった。 父:ハルオ「なあ、耕作放棄地って知ってるか?」 息子:ハルオjr「なんだよ、急に…。『耕作』が『放棄』された農『地』のことだろ?」 解説:耕作放棄地とは農林水産省によると「以前耕地であったもので、過去1年以上作物を栽培せず、しかもこの数年の間に再び耕作する考えのない土地」のことを指します。つまり、今後も荒れていくだろうと思われる農地ということになります。 父:「そうなんだけどな、屋久島にもけっこうあるんだよ。耕作放棄地。」 子:「え!?そうなの?屋久島も農家が減ってるって言ってたからな…。」 父:「他人事じゃないぞ。近くにあるんだから。ウチの農園からも歩いていける距離にあったりするんだぞ。」 子:「ええー!?それは知らんかった…。」 父:「じゃあ、見にいってみるか?」 子:「そうやな、自分で確かめてみるか。。。」 徒歩1分。 ![]() 父:「ここだ。」 子:「いや、ここは『やぶ』やろ。」 父:「ここはな、3年前まで立派な『たんかん』園だったんだぞ。」 解説:「たんかん」とは屋久島を代表する特産物で柑橘類の一種です。「かんきつの女王」と呼ばれるほどジューシーで甘いのが特徴です。特に屋久島は気候が合っていて『屋久島たんかん』は「たんかん」の中でも評価が高いです。食べられる時期は2月~3月。 子:「マジか…。完全に『やぶ』にしか見えないな…。たった3年でこんなになるもんなのか…。」 父:「屋久島の場合は、草とかツタ、雑木が生えるスピードが早いからな。しかも、『たんかん』はデリケートだから、世話をしないと1年でダメになると言われている。この園は3年も経っているから『たんかん』は無事ではないかも知れんな。」 子:「でも、なんでこんな状態になってしまったん?」 父:「ここはな、持ち主の農家さんが亡くなってから放置されてるんだ。子供たちはみんな島を出てしまっているから、頻繁に帰って来て世話をするってわけにもいかんしな。」 子:「まあ、仕事もあるだろうしね。」 父:「問題は、こういった農園がこれから増えるってことだな。」 子:「なんで?」 父:「今、屋久島の農家の平均年齢は約67歳。若い農家が増える見込みは薄いから、十年後にはそのまま77歳になるって考えると、体力的にも出来ないだろ。」 子:「子供が島にいて、農園を継ぐっていうのは少ないだろうね。同級生だって半分も島にいないし。」 解説:「耕作放棄地」が出来る原因は「農家の減少」と「農家の高齢化」です。 ・農業経営だけでは生活がなかなか成り立たないということと、体力を使う仕事はキツイという理由で農家の子供であっても農業を継がないケースが多いという事。 ・同じ理由で農家自身が子供に農業を継がせないケースがあるということ。 ・新たに農業を始めるにはそれなりに土地や資金などの準備が必要で農家以外が農業をはじめるのは難しい面があるということ。 などが問題点としてあげられます。これらの問題点を解消しようと国や自治体も乗り出していますが根本的な解決には至っていません。 最近TPPなどが農業問題としてクローズアップされていますが、本当の問題は"TPPに参加していない状態"でも「農業では生活がなかなか成り立たない」「農業の衰退に歯止めがかからない」ことなのだと思います。 父:「でもな、『耕作放棄地』が増えると困ることがあるんだよ。」 耕作放棄地が増えると困ることがあるという父。 それは、単純に「農地が減るから」ということではない。 もっと具体的に、切実な問題がひそんでいるのだった。 次回"第2話 息子よ、これが「耕作放棄地」の問題だ!"に続く。 登場人物 ![]() ![]() |
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